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from my dear Andromeda

芥川龍之介「松浦一氏の「文学の本質」に就いて」 あらすじ/ノート

1916年1月、芥川龍之介(1892~1927年)は『読売新聞』上に、「松浦一氏の「文学の本質」に就いて」を発表しました。

発表の時期としては、1915年11月の「羅生門」よりは新しいですが、「鼻」が翌1916年2月の作品なので、その少し前に発表されたものと言えます。

松浦一(はじめ)氏というのは、当時芥川が在学中であった東京帝国大学文学部の講師で、仏教信仰を基礎とした文学論で知られています。

全集の中でも埋もれていそうな同作を、私が今回取り上げたのは、作者を理解する上で、作中の以下の言葉が、かえって新しく感じられたからです。

(松浦氏の)旧日本に対する追慕の情は人類の将来に幸福を齎す可き何物かゞ其文明の中に潜んでゐる事を感得するからに外ならない。先生の前には恐らく限り無い未来が、希望と歓喜とに充ちて空の様に拡がってゐる事であらう。自分はさう信じ、且つさう祈つて此稿の筆を擱(おこ)うと思う。

以下、詳細なあらすじと、作品の補足(あるいはノート)です。

 

 

(1)あらすじ

松浦先生の「文学の本質」(1915年)は、先生が最近一年間の講義に、若干の補正を加えて出版したものである。当時、自分はこの講義の怠惰なる聴講生の一人であった。

先生の新著は、その骨子において、先生の信仰の表白である。

先生によれば、文学の本質は「死すべき人間」の肉眼を以って観取され得るものではなく、利害と因襲とを離れた心眼を以って、捕捉すべきものである。

すなわち、「一輪の野菊の花の奥に神を見るが如く」、先入見を一切廃して、初めて心奥に浮かび上がる超越的なあるものである。

これを把握する為には、知的理解を投げうって悟入を求めるより他になく、また直観に赴くより他にない。先生のこの信仰は、自分には最も興味のあるものである。

ここで、自分は先生の新著に見られる、ある特色を挙げておきたい。すなわち、古い日本に対する先生の思慕がそれである。

先生はその信念の理想として、その眼を古い日本へと向けた。しかし、自分は先生にとって、古い日本が単なる趣味上の隠遁所でないことを信じている。

先生の古い日本に対する追慕の情は、そこに、人類の将来に幸福をもたらすべき何ものかが潜んでいることを感得しているからなのである。

先生の眼の前には、希望と歓喜とに充ちた限りない未来が、空のように広がっていることであろうと、自分はそう信じている。

 

(2)ノート

ここからは、作品の補足として、若干の個人的解釈を記します(必ずしも、資料的な裏付けがあるわけではありません)。

すでに述べた通り、私がこの作品に注目したのは、先の引用部分が、作者を理解する上で新しい観点を与えてくれるもののように感じられたからです。

先生が古い時代の日本を追慕するのは、そこに見つかるものが、私たちの将来をより希望と歓喜に満ちたものにしてくれると直感しているからだ――そう信じたいと、芥川は言っています。

私は今まで、芥川の主な関心の中に、「人類の将来に幸福を齎す可き何物か」があるとは、はっきりとは思っていませんでした。そういう意味で、作中の言葉は私には注目すべきものに思えたのです。

芥川が松浦氏の関心を、単なる懐古趣味と捉えなかったのは、芥川が古い時代の作品を多く残しているのにも関わらず、決して古い時代を、ただ古いという理由だけでよしとしているわけでもないからかもしれません。

序につけ加えて置くが、そう云う次第だから僕は昔の事を小説に書いても、その昔なるものに大して憧憬は持っていない。僕は平安朝に生まれるよりも、江戸時代に生まれるよりも、遥に今日のこの日本に生れた事を難有く思っている。

以上の引用は、芥川の「昔」(1918年)によるものです。芥川が歴史に対して、むしろドライであることがはっきりと分かります。

それでも、芥川が歴史に材を取って作品を書くのは、同じ作品によれば、以下のような製作上の理由からだったようです。

今僕が或テエマを捉えてそれを小説に書くとする。そうしてそのテエマを芸術的に最も力強く表現する為には、或異常な事件が必要になるとする。その場合、その異常な事件なるものは、異常なだけそれだけ、今日この日本に起った事としては書きこなし悪い(…)

すなわち、芥川が歴史に材を取るのは、以上の理由で都合がよかったからに過ぎないということになるでしょう。

ここで、今回の作品の理解とも関係するので、芥川の芸術観について簡単に触れておきたいと思います。

芥川は「芸術その他」(1919年)の中で、「作品の内容とは、必然に形式と一つになった内容だ」ということを言っています。

内容とか形式とか、何のことだか、これだけでは全く分かりませんが、少し先を文脈を無視して抜き出したのが、以下の文章です。

(イプセンの「幽霊」の)あの「太陽が欲しい」と云う荘厳な言葉の内容は、唯「太陽が欲しい」と云う形式より他に現わせないのだ。

すると、芥川の言う内容とは、作家の持っている心的イメージのことで、一方、形式というのは、例えば、言葉のことだと言えるでしょう。

私が重要と思うのは、芥川の関心が、芸術家の心的イメージにあることです。これに関連して、芥川の「梅花に対する感情」(1924年)の中に、以下の言葉を発見することができます。

予等は芸術の士なるが故に、如実に万象を観ざる可らず。少くとも万人の眼光を借らず、予等の眼光を以て見ざる可らず。古来偉大なる芸術の士は皆この独自の眼光を有し、おのずから独自の表現を成せり。

その「独自の眼光」で見たものが、私の言葉では心的イメージに他なりません。

すると、今回の作品中にある「悟入」や「直観」に芥川が興味を示しているのも、なるほど頷けるように思われないでしょうか。

ところで、芥川は「文芸的な、余りに文芸的な」(1927年)の中で、「『話』らしい話のない小説」について言及しています。

芥川の説明は、私には必ずしも明瞭ではないように感じられますが、今回の解釈上で見逃せないのは、次の事実です。

すなわち、芥川は「『話』らしい話のない小説」の例として、ルナールの作品を挙げているのですが、彼はそれを、「『善く見る目』と『感じやすい心』とだけに仕上げることの出来る小説である」と説明しているのです。

さて、最後に、箴言集『侏儒の言葉』(1923~25年)の中から、「作家」と題された一文を引用しておきたいと思います。

文を作らんとするものは如何なる都会人であるにしても、その魂の奥底には野蛮人を一人持っていなければならぬ。

芸術家における「独自の眼」と「野蛮人」――芥川を導き、また苦しめもした、彼の信じる「芸術」の実体は、この辺りの言葉から理解できるかもしれません。

 

(3)参考図書

芥川龍之介「松浦一氏の「文学の本質」に就いて」『芥川龍之介全集 第一巻』(岩波書店)

芥川竜之介「昔」他『芥川竜之介随筆集』(岩波文庫)

芥川龍之介「侏儒の言葉」他『侏儒の言葉 文芸的な、余りに文芸的な』(岩波文庫)

 

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