History & Space for a Break

from my dear Andromeda

報告#3 マダムベルテネズミキツネザル

宇宙人のliynだよ。

 

僕は現在、歴史、文学、科学、宇宙、地理、動植物に興味を持っている。

 

簡単な報告をたくさん投稿して、宇宙と地球への理解を読者のみんなと一緒に深めていきたいと考えているよ。

 

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今回の報告は、マダムベルテネズミキツネザルについてだ。

 

マダムベルテネズミキツネザル

マダガスカルには107種のキツネザルが生息しているが、その内の15種は小型のネズミキツネザルだ。

 

マダムベルテネズミキツネザルは最小のネズミキツネザルで、霊長類としても世界最小のものだ。2000年に発見された。

 

他の103種のキツネザルと共に絶滅が危惧されている。

 

マダムベルテネズミキツネザルは生態系の中でも重要な役割を果たし、同種の排泄を経て発芽する植物があるという。

 

同種の生息域は、マダガスカル西海岸のキランディ・ミタ国立公園に広がる乾燥した森だ。

 

 

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貧困国のマダガスカルでは、森林破壊、密漁、動物の違法取引が見られ、1950年代からの50年間で森林の約40%が失われた。

 

アフリカ全体でも、霊長類の53%が絶滅に瀕している。

 

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マダガスカルはバオバブという奇妙な形をした木で有名だ。8000万年以上前に大陸から切り離された同島は多くの固有種を持つ。

 

他に、アイアイやベローシファカ、ワオキツネザルが生息することで知られる。

 

 

報告の目的

この報告の目的は、地球の動植物に親しむことだった。

 

宇宙、地球、人間について知ることが僕たちの大きな目標だ。

報告#2 民間宇宙船スターライナー

宇宙人のliynだよ。

 

僕は現在、歴史、文学、科学、宇宙、地理、動植物に興味を持っている。

 

簡単な報告をたくさん投稿して、宇宙と地球への理解を読者のみんなと一緒に深めていきたいと考えているよ。

 

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今回の報告は、民間宇宙船スターライナーについてだ。

 

スターライナー

米ボーイングの新型宇宙船スターライナーは5月7日午前、フロリダ州のケープカナベラル宇宙軍基地から打ち上げられる予定だ。

 

 

NASAの宇宙飛行士2人が搭乗し、ISS(国際宇宙ステーション)に接続、およそ1週間滞在して地球に帰還する。

 

現在、ISSへ宇宙飛行士を輸送する米国の宇宙船は、スペースXのクルードラゴンに限られている。

 

NASAはこれまで、商業乗員輸送計画の下、クルードラゴンとスターライナーの開発を支援してきた。

 

スターライナーの打ち上げには、ユナイテッド・ローンチ・アライアンスのアトラスVロケットが使用される。

 

クルードラゴン

2020年に初号機の運用に成功して以後、スペースXのクルードラゴンはこれまで計13回、宇宙飛行士をISSへ送り届けている。

 

同宇宙船はスペースXのファルコン9ロケットで打ち上げられている。

 

オリオン

最近、名前をよく見かける宇宙船にオリオンがある。

 

これは、NASAの月宇宙船だ。

 

一方、クルードラゴンやスターライナーは宇宙飛行士をISSへ送り届けることを目的に設計されている。

 

2025年、NASAはオリオンの有人飛行で月周回を目指し、翌26年には有人月面着陸を実現させたい考えだ。

 

民間人の宇宙旅行

 

実は、自費でISSに滞在する宇宙旅行ツアーは以前よりあった。

 

2021年にゾゾタウンの前澤氏がロシアの宇宙船ソユーズでISSに到着したことは記憶に新しい。

 

去年にも、スペースXの宇宙船クルードラゴンは、ファルコン9ロケットを用いて4人の民間人をISSへ送っている。

 

なお、前澤氏の月周回旅行計画は延期されている。

 

報告の目的

この報告の目的は、①天文学に馴染むこと、②最新の宇宙開発の動向について知ることだった。

 

宇宙、地球、人間について知ることが僕たちの大きな目標だ。

報告#1 グリニッジとパリの天文台

宇宙人のliynだよ。

 

僕は現在、歴史、文学、科学、宇宙、地理、動植物に興味を持っている。

 

簡単な報告をたくさん投稿して、宇宙と地球への理解を読者のみんなと一緒に深めていきたいと考えているよ。

 

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今回の報告は、グリニッジ天文台とパリ天文台についてだ。

 

グリニッジ天文台

 

ロンドン近郊、テムズ川の南方約1㎞、バッキンガム宮殿より約10㎞の位置にグリニッジ天文台が残されている。

 

 

同天文台は1675年、英国王チャールズ2世が設立した。

 

大航海時代の当時、見渡す限り海の外洋における正確な緯度と経度は北極星などの星を基準に求められた。

 

同天文台の目的の一つは、そのための観測を行うことだった。

 

1884年、グリニッジ天文台に本初子午線(経度0度)が設定され、同天文台は世界の標準時となった。

 

現在、同天文台の観測施設としての運用は終了している。

 

パリ天文台

 

パリのモンパルナス地区、セーヌ川の南方約2.5㎞、コンコルド広場より約3.5㎞の位置にパリ天文台はある。

 

 

太陽王ルイ14世の時代、1667年に設立されたパリ天文台は、現在稼働中のものとしては世界最古のものだ。

 

建物の前にはルヴェリエ(1811~1877年)の像があるが、彼は天王星の軌道のずれから海王星の存在を予測した人物だ。

 

ルヴェリエは友人のガレに観測を依頼、海王星が発見された(1846年)。

 

実は、グリニッジ天文台に本初子午線が設定される以前、パリ天文台にもパリ子午線が設定されていた。

 

現在、同天文台は観測データの解析を主な任務としている。

 

報告の目的

この報告の目的は、①天文学に馴染むこと、②天文学の歴史を知ること、③ヨーロッパの地理への理解を深めることだった。

 

宇宙、地球、人間について知ることが僕たちの大きな目標だ。

宇宙人が辻邦夫に西洋を学んでみた。

宇宙人のliynだよ。

 

僕は現在、将来的に地球人がケンタウルス座α星にまで進出した際の影響を調査する目的で、同星付近に停泊している......。

 

今回僕が取り上げたいのは、辻邦夫の『シャルトル幻想』だ。

 

目的は、小説家であり仏文学者の著者から西洋を学ぶことだ。近代の文学者や知識人の精神の根底にある西洋――僕が探求したいのはそれだ。

 

欠落

私は内陣の薄闇のなかを歩きながら、こうした空間をついに持つことのなかった私たちの文明の不幸について考えないわけにゆかなかった。たしかにここには単なる憩いがあるだけではなく、逆に、きびしい自己への拒否、ほとんど残忍とよんでもいいような意志の働きが感じられたからである。

 

パリにほど近いシャルトルの大聖堂の中で、著者はそう感じたが、大聖堂を持たないからと言って、日本の文明はなぜ不幸なのだろう。

 

令和の日本人には理解し辛いことだが、明治から昭和の日本の知識人は圧倒的に西洋の科学、文芸、哲学の影響下にあった。

 

近代知識人の自己否定と理想主義は凄まじく、彼らは孤独と情熱とにその身を引き裂かれていた。

 

一方で、日本の文明は彼らの新しい孤独と苦悩が結晶化したような聖域を持ってはいなかった。彼らの苦悩は決して聖化されはしなかった。

 

芥川龍之介は「河童」の中で新しい宗教を発明している。

 

近代知識人が日本の文明に何か欠落を感じていたとしても不思議ではないのだ。

 

西洋の「光」

もう一つの説明のヒントは、著者の見たパリの姿にある。

 

私はそこにただ町の外観のみをみたのではなく、町を形成し、町を支えつづけている精神的な気品、高貴な秩序を目ざす意志、高いものへのぼろうとする人間の魂を、はっきりと見出したのである。

 

これが、著者が初めてその目で見た西洋の「光」だった。

 

西洋の伝統は高い創造の精神を持っていた。自己否定と自己克己の不断の関係が西洋を停滞から高みへと救った。

 

先述のシャルトル大聖堂もまた、西洋の「光」の凝縮した一点だ。

 

あたかも磁場に一点の極が作用するように、このイール・ド・フランスの起伏する大地のただなかに、天をさして立つ教会堂の二つの尖塔は、西欧カトリック世界の極点として、たえざる崇高なものへの憧憬を象徴しているように見える。

 

これらには、西洋の創造性への著者の憧憬が窺われる。

 

形式

 

一方で、著者はある女友達の家で、こう感じたこともあった。

 

おそらくもはや何代もの間、生活のすべてにこうした儀式のような形式が定まっていて、ある一つの儀式めいたやりとりが終わると、同じようにして、何か別の、しかし前から定められていた形式に、おのずと従ってゆくのではあるまいか。

 

あるいは、

 

生活においても精神活動においてもフランス人のもつ形式優先、秩序への信頼は、予想以上のものだった。たしかにこれはみごとに洗練された、智恵ある形式にはちがいない。

 

フランス人の形式主義は、初め著者には不満だった。それを覆したのが、パリに見た西洋の「光」だった。

 

形式主義は決して停滞を意味してはいなかったし、そこには何か美的かつ崇高な人間精神の営みが表れていた。

 

西洋の精神文明が日本のそれより優れている証拠はないが、近代知識人は日本という現実世界に帰るべき場所を見出せなくなっていた。

 

文学

 

著者の文学体験もまた、彼の西洋観と無縁ではないだろう。

 

私はいまも小説を<感動の装置>と見なしているが、それは、小説がいわゆる「読むもの」ではなく、「一体化するもの」という思いがあるからなのだ。

 

あるいは、

 

日本を出るとき、すくなくとも私に課せられた文学の困難は、現実の方が私の想像による世界を追いこしてしまったという事実から生まれていた。かなりの努力にもかかわらず、文学が私に与えてくれるものは空虚であり、精神はただ認識という「力」にこそ拠りどころを求めたけれど、個々の形象に結びつく感覚からは疎遠になるばかりだった。

 

認識は「力」という考え方は、単なる思弁や観念論に堕しやすい。一方、現実認識の過度の強調は、文学者から創作的土壌を奪い去る。

 

まして文学的形式を、自己の従う必然的制約であるとみなす現実的動機に達するまでには、すでにそれだけで一つの文学的課題であるほどの困難さが横たわっていた。

 

自己の動機から必然的な文学的形式――当然のように言うが、誰しもがそれを現実に見出せるわけではない。

 

それは、非常に困難で孤独な営みだろうと思われる。

 

孤独

 

近代知識人の見た西洋はしばしば孤独の観念と結びついている。

 

著者はリルケに強い印象を抱いている。

 

1920年に、大戦後の不安と不毛から転々とイタリア、スイスを彷徨していたリルケが、ようやくパリに帰ってきて、リュクサンブール公園とカンパーニュ・プルミエール街とロダン美術館を見出して、落ち着きをとり戻し......

 

そして、著者はパリの街中で時折こう感じた。

 

ただリルケがパリで見た唯一のものといってもいい人間の孤独な、寂寥とした、時には狂気寸前にある状況と似たものを、ごくたまではあったが、かいま見たように思う。

 

著者がパリに着いたのは秋のことだった。だから、秋になると、著者はパリの空虚さを思い出さずにいられない。

 

秋にパリに着いたという季節のせいか、リュクサンブールの木立が落葉しはじめ、朝夕の冷えた町を霧が流れるようになると、ながいこと私をなやましていたこの町の空虚な印象が、まざまざとよみがえってくる......ちょうどパリという町全体があき家か何かのようにひっそりと空虚で、魂のぬけさったあとの外観、白々とした形骸としか見えてこず......

 

他に、こんな文章もある。

 

インスブルックからザルツブルグまでの山峡の雪は深く、峰々は雲に閉ざされていた。私はキャッツビュールへスキーにゆくというアメリカ人一家と乗りあわせた。......その子供たち三人が、キッツビュールの駅のスキー客の間にまじって見えなくなるのを見ながら、チロルの冬旅がいっそう孤独に深まるのを、私は感じないわけにゆかなかった。

 

西洋的な原理

 

最後に、近代知識人の間に西洋がどのように作用していたか、著者の実感が窺われる文章を引用しておこう。

 

しかし私たちの築いた近代日本の底辺には、なんといっても西欧的な精神の原理が動いていたのだし、私たちを混乱させているのは、ひょっとしたら、そうした正統的な原理に立つ展望が失われているためかもしれず、そしてもしそうだとすれば、いまなおその原理で動く西欧社会にふれて、もっとも正統的な形で、じかに自分の感覚を通して......

 

最後まで読んでくれてありがとう。

辻邦夫「西欧の光の下」 ―文学日記3

宇宙人のliynだよ。

 

今回は辻邦夫の「西欧の光の下」を読んだよ。

 

空虚

 

秋にパリに着いたという季節のせいか、リュクサンブールの木立が落葉しはじめ、朝夕の冷えた町を霧が流れるようになると、ながいこと私をなやましていたこの町の空虚な印象が、まざまざとよみがえってくる。

 

秋になると、著者はパリの空虚さを思い出さずにいられないらしい。

 

ちょうどパリという町全体があき家か何かのようにひっそりと空虚で、魂のぬけさったあとの外観、白々とした形骸としか見えてこず......

 

パリが著者にとって異郷であるというだけのことでは、その奇妙な感覚を説明するには不足だった。

 

問題は単に感覚上のものではなく、もっと深い原因があるように思われた。

 

形式

 

ある女友達の家で、著者はある妙な体験をした。

 

十八世紀に私たちの祖先がスエーデンから買いもとめてきたんです。さやの裏側にひびが入っていますが......

 

ピアノの上にかけてあった古い剣について聞かれて、父と娘は全く同じ言葉を用いて客に説明した。

 

口を合わせたわけでもなく、そんなことがあり得るかと著者は訝った。

 

おそらくもはや何代もの間、生活のすべてにこうした儀式のような形式が定まっていて、ある一つの儀式めいたやりとりが終わると、同じようにして、何か別の、しかし前から定められていた形式に、おのずと従ってゆくのではあるまいか。

 

著者は空虚さの原因にフランス人の従っている生活上の形式を見た。

 

違和感

 

生活においても精神活動においてもフランス人のもつ形式優先、秩序への信頼は、予想以上のものだった。たしかにこれはみごとに洗練された、智恵ある形式にはちがいない。

 

洗練された智恵と秩序、それがフランス人の生活上の美徳だった。

 

しかし、以上の引用から窺われるように、著者はそこに何か不自然な感じを抱かずにはいられなかった。

 

文学の困難

 

日本を出るとき、すくなくとも私に課せられた文学の困難は、現実の方が私の想像による世界を追いこしてしまったという事実から生まれていた。かなりの努力にもかかわらず、文学が私に与えてくれるものは空虚であり、精神はただ認識という「力」にこそ拠りどころを求めたけれど、個々の形象に結びつく感覚からは疎遠になるばかりだった。

 

何となくフランス文学者らしい文章で、興味深いと僕は思った。

 

認識を「力」と考えるのは、ニーチェの影響だろうか。あるいは、知は力なりの伝統はフランシス・ベーコン以来、西洋では古くからある。

 

いずれにせよ、認識も単なる思弁や観念論に堕すれば頼りない。現実感覚が復権するのはそのような時だろう。

 

とはいえ、現実が全てとなれば、文学もありようがない。自らの精神世界を信頼できなければ人は何も書けやしない。

 

文学的形式

 

まして文学的形式を、自己の従う必然的制約であるとみなす現実的動機に達するまでには、すでにそれだけで一つの文学的課題であるほどの困難さが横たわっていた。

 

実に手ごたえのある文章で、僕は好きだ。

 

自己の動機からして必然的な文学的形式――文学者であれば考えない者はいないような問題だが、だからといって、この問題が彼らにとって真にクリティカルであるかどうかは怪しいものだ。

 

著者の自己批判の強さと現実感覚の共存に、僕は小林秀雄を思い出す。

 

地球には実にしっかりした人物もいたものだと、僕はいつも感心している。

 

近代日本

 

しかし私たちの築いた近代日本の底辺には、なんといっても西欧的な精神の原理が動いていたのだし、私たちを混乱させているのは、ひょっとしたら、そうした正統的な原理に立つ展望が失われているためかもしれず、そしてもしそうだとすれば、いまなおその原理で動く西欧社会にふれて、もっとも正統的な形で、じかに自分の感覚を通して......

 

近代日本について考える上で非常に参考になるので引用した。

 

著者は言うまでもなく日本人だが、西欧的な精神の原理を「正統的な原理」と言っていて興味深い。

 

これは、令和の日本人には分からないかもしれないが、明治から昭和頃の知識人がどれだけ西洋に影響されていたかは容易に計り知れない。

 

そうした原理が揺らいできたのが戦後のようだ。基本原理の動揺はもちろん日本の知識人層を悩ませた。

 

フランスという異郷に飛び込み、その「正統的な原理」を直に確かめようとしたことは誤りではなかったと、著者は回想している。

 

文明

 

私はそこにただ町の外観のみをみたのではなく、町を形成し、町を支えつづけている精神的な気品、高貴な秩序を目ざす意志、高いものへのぼろうとする人間の魂を、はっきりと見出したのである。

 

著者はついにパリの空虚を覆した。

 

自然の所与を精神に従え、それを人間的にこえようとする意欲があった。

 

前回の「シャルトル幻想」では、著者は「文明」という言葉と共に文章を書き起こしていた。

 

この時、著者はついにフランスの文明を見たのだ。文明とは、空間的に働きかける人間の意志と営みなのだろう。

 

 

ある意味で、その瞬間こそが、私にとって、おそらく西欧の光にふれた最初の機会だったかもしれない。

 

西欧文明が「光」と表現されていることに僕は注目する。

 

智恵や秩序の透徹なイメージが、「光」という表現を生んでいるのだろう。

 

お前が、どのような動機であれ、よそに、すでに出来あがったものを求めにいったのは、間違ったことだった。精神が、他の精神にふれうるのは、それが生みだしたものを通して、いかにそれが現実と闘い、そのなかから自らの糧を汲みだしたかに注意するときだけだ。

 

文学を模索していた著者に一つの答えが与えられた。

 

形式とは停滞でも下降でもなく、それらに抗う美しい人間の智恵だった。

 

そして、精神は縛られず、新しいものが生み出される土壌なのだ。

 

現在を生きる文明人の秘密がそこにあると言える。

 

最後まで読んでくれてありがとう。