イギリスの新外相にキャメロン元首相が就任

2023年11月半ば、スナーク英首相はキャメロン元首相を新外相に任命した。

 

キャメロン外相は2010年から2016年まで首相を務めた。

が、イギリスが国民投票でヨーロッパ連合(EU)からの離脱を決めると、首相を辞任して政界から遠ざかっていた。

 

▽ロンドン

ロンドン



経緯

同日、ブラバマン氏が内相を解任された。

それに伴い、クレバリー氏が外相から内相に転任し、空いた外相のポストにキャメロン氏が収まった形だ。

 

スナク英首相、内相を解任 外相にはキャメロン元首相を起用 - CNN.co.jp

 

ブラバマン氏は8日の英タイムズ紙上で、ガザ危機に関連して、ロンドンの警察が右翼の取り締まりを厳しく行う一方、親パレスチナの暴徒は見過ごしていると発言し、物議を醸していた。

 

なお、11日にはロンドンで30万人規模の親パレスチナ・デモが実施され、デモに抗議した右翼145名が逮捕されている。

 

スーナク英首相、内相への信頼変わらず 親パレスチナ・デモ対応で警察批判めぐり - BBCニュース

ロンドンのガザ停戦要求デモ、憎悪犯罪などで7人起訴 逮捕は145人 - BBCニュース

 

キャメロン外相

実は、キャメロン氏はイギリスのEU離脱に反対だった。

彼は有権者が離脱を支持しないと信じて国民投票に臨んだのだが、結果は私たちの知る通りだ。

 

スナーク首相は当時無名の政治家だったが、EU離脱には賛成で、党首のキャメロン氏には敵対する立場だった。

 

以上の因縁にも関わらず、キャメロン外相はチームの一員としてスナーク首相を支えることに熱意を見せている。

 

▽Youtube, posted by BBC

 

一代貴族

先述の通り、キャメロン氏はイギリスがEU離脱を決めると、首相を辞任して政界から遠ざかっていた。

元首相が党内にいると後任が動きにくいだろうという、彼の配慮からだった。

 

今回、キャメロン氏が政界に復帰するに際して、彼は選挙で選出される下院議員ではなく、上院(貴族院)議員として、議席を与えられた。

そのため、キャメロン氏は一代貴族として爵位を授与されている。

 

一代貴族とは、かつて創設された非世襲の爵位(男爵)だ。

つまり、彼は今やキャメロン卿なのだ。

 

実際、BBCを英語で見ると'Lord Cameron'と表記されている。

 

キャメロン英外相「一代貴族」として上院議員に就任…首相経験者では92年のサッチャー氏以来 : 読売新聞

 

ブラバマン氏

先述の通り、ブラバマン氏は今回内相を解任された。

とは言え、私たちは彼女の名を直ちに忘れるわけにはいかない。

 

BBCは次のような可能性に言及する。

つまり、以前より争点となっている、不法移民のルワンダ移送問題を巡って、強力な推進者であるブラバマン氏を中心に保守党が分裂する。

そして、場合によっては彼女が党首に就くこともあるだろう、と(実際にはそこまで明言はしないが)。

 

【解説】 キャメロン元首相の政界復帰、いったい何が起きているのか - BBCニュース

 

ルワンダ移送計画

イギリスは英仏海峡を渡る不法移民の問題を抱えている。

そのルワンダ移送計画とは、彼らをルワンダとの合意の下、同国へ移送し当地で亡命申請させようとするものだ。

 

計画は2022年、当時のジョンソン政権下で一度実行に移された。

が、航空機による亡命申請者の移送は、直前で中止された。欧州人権裁判所からのストップがかかったからだ。

 

スナーク首相は同じ計画の実施を目指しているが、キャメロン氏が外相となって間もなくして、計画は最高裁の違法判決を受けてしまった。

 

英仏海峡を渡ってきた難民をルワンダへ移送 英政府案に賛否両論 - BBCニュース

英政府の不法入国者のルワンダ移送、直前で停止 欧州人権裁判所の判断受け - BBCニュース

 

判決

しかし、判決は計画を最終的に頓挫させたわけではない。

 

というのも、判決によれば問題は「移送」という手段なのではない。

そうではなく、問題は亡命申請者がルワンダという国で受けるであろう人権上の危険性なのだ。

 

すると、ルワンダとの合意内容次第では、問題は解決されるかもしれない。

少なくとも、スナーク首相はそう考えている。

 

英最高裁、不法入国者のルワンダ移送は「違法」 「堂々めぐりやめるべき」と首相 - BBCニュース

 

欧州人権条約

スナーク首相が最高裁の判決を片づけられたとして、まだ懸念はある。

2022年のように、欧州人権裁判所がノーと言えば、イギリスはおそらく従わざるを得ないだろう。

 

そこで浮上するのが、欧州人権条約からの脱退だ。

実は、先ほどのブラバマン氏復権の道筋は、この辺りと関係している。

 

スナーク首相の持ち札には、ジョーカーだけが残されているのではない。

が、彼は次のように発言している。

 

私は、外国の裁判所が(不法入国者を乗せた)フライトを阻止することを認めない。ストラスブールの裁判所が(英)議会の意向に反して介入することを選択した場合、私には飛行機を離陸させるために必要なことをする用意がある。

 

スナーク首相がここまで言っている以上、ブラバマン氏が彼に代わって台頭するかどうかは分からない。

とは言え、次の保守党幹部の懸念ももっともだ。

 

(欧州人権条約を巡る問題は)これはブレグジット2.0のようなものになる。

 

英米艦隊

2023年10月にガザ危機が始まると、英米は素早く地中海へ艦隊を派遣した。

 

目的はもちろん、イスラエルの支援とハマスの抑止だ。

しかし、イスラエル周辺の武装組織が一斉に動き出す危険性が指摘されていたことを考慮すれば、この措置は更に先を意識したものでもあったと解釈しても、おそらく誤りではない。

 

英、地中海へ戦闘艦船と偵察機派遣 イスラエル支援で - CNN.co.jp

 

国際法

ここで、国際法が決して万能ではないことを指摘しておく。

その理由はいくつかあるが、国際法は国家の行動の全ての場面、全ての領域を規制しているわけではないし、国際法自体が変化の可能性を持っているからだ。

 

ルワンダ移送計画にせよ、英米艦隊の派遣にせよ、私たちの肌には合わないと感じるかもしれない。

ただ一つ言えるのは、彼らは未知の世界を歩いているということだ。

 

それも、必ずしも「万能の指針」を持たずに。

 

未知の世界

国際社会という未知の旅路を安全にする万能のお守りは存在しない。

一方、日本は数年来、対中、対ロ包囲網の構築、バラマキ的経済政策(可能な場合でも財政を休ませない)という線だけをなぞっている。

 

私たちは現在を「未知の世界」とは言うが、その合理的理解を急ぐばかりだ。

 

が、最も大切なことは理解を急がず、他人の理解に飛び付かず(それは大体、ただの図式主義に堕する)、未知を未知として見つめることではないか。

 

未知を静かに見つめる経験からしか、「ヴィジョン」は生まれ得ない。

ヘンリー・キッシンジャー ニクソン訪中

2023年11月29日、ヘンリー・キッシンジャーが100歳で亡くなった。

大著『外交』で知られる国際政治学者のキッシンジャー氏は、1970年代のアメリカ外交を代表する同国の外交官でもある。

 

ヘンリー・キッシンジャー氏が100歳で死去 評価分かれる米外交の大物 - CNN.co.jp

 

▽ワシントン

ワシントン

 

ニクソン訪中

1972年2月、ニクソン米大統領が中国を訪問し、毛沢東主席らと会談した。

正式な外交関係のなかった時代のことで、米中関係の転機となった。

 

が、ニクソン大統領はすでに前年の7月に訪中を発表していた。

これは、当時の国際社会にいわゆる「ニクソン・ショック」をもたらした。

 

その年の10月、国連総会は早くも台湾政府を追放し、中華人民共和国政府を中国代表として認めることを決議した。

 

キッシンジャー

ニクソン大統領による訪中を準備した人物こそが、キッシンジャー氏だ。

 

1969年1月、ニクソン大統領の就任と共に、当時ハーバード大学教授だったキッシンジャー氏は、国家安全保障問題担当の大統領補佐官に任命された。

この人事は、大統領が国務長官や国防長官を介さず、自ら主導で外交を行う意欲の表れだった。

 

1971年7月、ニクソン大統領に派遣されたキッシンジャー氏は、パキスタンを経由して内密に北京を訪問した。

キッシンジャー氏は周恩来首相と会談し、将来的な国交正常化(実現は1979年)を約束した。

 

その直後、ニクソン大統領が突如訪中を発表し、国際社会を驚かせたことは先述した通りだ。

 

▽1975年のキッシンジャー(from Wikipedia)

Henry Kissinger

 

ベトナム戦争

1965年にベトナムで北爆と地上軍の派遣が開始されて以後、戦争は泥沼化し、アメリカは財政的に国力を消耗していた。

 

1969年に就任したニクソン大統領とキッシンジャー氏の課題は、この戦争に何らかの形で終止符を打つことだった。

ニクソン大統領の訪中による中国への接近は、その布石となった。

 

1969年の軍事衝突以来、同じ共産主義国でありながら、ソ連と中国との関係は悪化していた。

ニクソン大統領の訪中は、米中だけではなく、驚いたソ連の態度も変化させ、米ソ間の接近にも繋がった。

 

このような背景の中、1973年にベトナム戦争は終結した。

その努力が評価され、キッシンジャー氏は同年ノーベル平和賞を受賞した。

 

功罪

一方で、キッシンジャー氏に対しては批判もある。

 

1969年3月、アメリカはベトナム戦争での戦術的観点から、カンボジアに対して秘密爆撃を行い、翌年には地上軍も侵攻させている。

 

あるいは、1973年にクーデターで社会主義政権を倒したチリのピノチェトを、キッシンジャー氏は支持した。

ピノチェトは多くの市民を殺害、拷問、拘禁し、後に英国で逮捕された。

 

ウクライナ戦争

2023年7月、100歳のキッシンジャー氏は北京を訪問して習近平主席と会談し、「旧友」と賞賛された。

 

習氏、キッシンジャー氏を「旧友」と称賛 北京での会談で(1/2) - CNN.co.jp

 

一方、キッシンジャー氏もゼレンスキー大統領には敵わない。

 

2022年5月、キッシンジャー氏はダボス会議にビデオ出演した。

そこで、キッシンジャー氏はウクライナ戦争に言及して、「理想的には境界線は戦争前の原状に戻すべきだ」と発言した。

 

これは、ウクライナがドンバスやクリミア半島を放棄すべきことを、暗に仄めかしたものだ。

 

ゼレンスキー氏、キッシンジャー氏の和平交渉案を非難 「宥和政策」と指摘 - CNN.co.jp

 

1938年

これを、ゼレンスキー大統領は次のように批判する。

 

キッシンジャー氏のカレンダーは2022年ではなく1938年のままであり、ダボスではなく当時のミュンヘンの聴衆に向け話をしていると考えているようだ。

 

ゼレンスキー大統領が1938年という数字で意図しているのは、英仏のナチス・ドイツに対する宥和政策の代表として知られるミュンヘン会談だ。

 

1938年、イギリス、フランス、イタリア、ドイツがミュンヘンに集まり、チェコスロバキアのズテーテン地方をドイツに割譲することが決定された。

チェコスロバキアの代表は、会議室の外で待機していなければならなかった。

 

つまり、「平和」(英仏が戦争に巻き込まれないこと)のために、小国の運命が大国間で処理されたのだ。

 

しかし、1939年9月1日、ヒトラーはポーランドへの侵攻を開始する。

 

力学的な境界線

CNNの報道はこう結んでいる。

 

(ゼレンスキー大統領は)「偉大な地政学者」が必ずしも普通の人々に目を向ける訳ではないとも述べ、「彼らが平和の錯覚と引き換えに譲渡を提案する土地には何百万人もの普通のウクライナ人が実際に暮らしている」と指摘した。

 

力学的な境界線という発想は、政治家的な嗅覚の問題でもあるし、学者の理論的な問題でもある。

 

1800年代のウィーン体制では、ヨーロッパの大国間で秩序が維持された。

第二次世界大戦後には、米ソ間で軍事的緊張と緩和が組み合わさりながら、国際的秩序が形成されていた。

 

キッシンジャー氏は、国際政治学者としてウィーン体制を高く評価している。

が、大国間で維持される秩序とは、しばしば小国を無視し、犠牲にすることで成り立っていたものだった。

 

上述の通り、ゼレンスキー大統領は「平和の錯覚」と言っている。

平和とは力学的な処理の問題なのか、それとも、自由と平等を前提とした友好関係のことなのか。

 

知性とは常識と共感のことだ。

おそらく、「友好を忘れた政治学」という、私たちが「知的武器」だと思っているそれは、それが武器である以上、知性ではなく野蛮なのだ。

 

Reference

佐々木卓也, 編『戦後アメリカ外交史』(有斐閣アルマ)

ロシアの「ハイブリッド攻撃」 フィンランド

2022年2月にウクライナ戦争が始まると、フィンランドとスウェーデンが北大西洋条約機構(NATO)への加盟に動いた。

 

加盟申請はトルコの思惑で難航もしたが、フィンランドは2023年4月にすでに加盟を果たし、スウェーデンも年内に加盟を果たす見込みと報道されている。

 

フィンランド、NATOに正式加盟 31番目の加盟国に - BBCニュース

スウェーデンNATO加盟、年内実現とトルコ外相表明=米当局者 | ロイター

 

ハイブリッド攻撃

北欧二カ国のNATO加盟の動きに、プーチン大統領はもしフィンランドとスウェーデンに軍隊が配置されたり、関係するインフラが築かれるのであれば、対抗措置を取ることを仄めかしていた。

 

北欧2か国NATO加盟手続き開始 プーチン大統領は強くけん制 | NHK | ウクライナ情勢

 

ロシアの対抗措置が静かな形で始まったのかもしれない。

2023年11月下旬、フィンランドがロシアの「ハイブリッド攻撃」を非難していると報道されたのだ。

 

フィンランド、ロシアの「ハイブリッド攻撃」非難 検問所ほぼ全て閉鎖 | ロイター

 

移民という手段

ハイブリッド攻撃とは、武力的手段以外に、サイバー攻撃やデマなどの非武力的手段を組み合わせて相手国を攻撃することを言う。

 

が、今回選ばれたらしい手段は移民なのだ。

 

8月頃から、ロシアからフィンランドへ渡る非正規移民が増え始めた。

11月末、フィンランドはロシアとの国境の検問所を全て封鎖する(ただし、2週間の期限で)。

 

フィンランド、ロシアとの国境を2週間全面閉鎖へ 難民流入阻止で | ロイター

 

11月の亡命希望者は約900人に上ったが、以前には1日1人以下だった。

国境警備隊によれば、亡命希望者の出身国は、ケニア、モロッコ、パキスタン、ソマリア、シリア、イエメンなどと多様だ。

 

なお、フィンランド首相は「現時点でこれは難民申請者の問題ではない。ハイブリッド攻撃と国家安全保障の問題だ」と断っている。

 

ベラルーシ

移民を利用したハイブリッド攻撃には、実は前例がある。

 

ウクライナ戦争前の2021年にも、ロシアの協力国ベラルーシから、ポーランド、ラトビア、リトアニアへの違法越境が紛争化しているのだ。

ヨーロッパ連合(EU)はこれをハイブリッド攻撃と非難したが、ベラルーシからの違法越境の問題は現在も解決していない。

 

ポーランド、ベラルーシ国境で移民流入を阻止 双方が非難の応酬 - BBCニュース

ポーランド ベラルーシからの違法越境が急増で警戒強化 | NHK | ポーランド

 

フェンス建設

ロシアを警戒するフィンランドの動向としては、ロシアとの国境の一部にフェンスの建設を始めたことが、以前から注目されていた。

 

フィンランド、ロシア国境にフェンス建設開始 全長200キロ - BBCニュース

 

ただし、目的は徴兵忌避のロシア人の越境を防ぐためと説明されており、今回の移民問題とは関係がない。

 

軍事シェンゲン

最後に、最近ロシアがNATOの「軍事シェンゲン」を警戒する発言をしたので、簡単に触れておく。

 

NATOの「軍事シェンゲン」構想、緊張あおる=ロシア大統領府 | ロイター

 

EUにはシェンゲン協定という合意がある。

これは域内での自由移動を約し合ったものだが、これを軍事レベルで実現しようという構想が、いわゆる「軍事シェンゲン」だ。

 

この構想はウクライナ戦争前からあるが、ロイターの報道を見る限り、最近NATOの幹部が改めて同構想に言及したため、ロシアが牽制したものと思われる。

 

▽ヘルシンキ

ヘルシンキ

2023年秋 オランダ総選挙と移民問題

2023年11月、オランダで総選挙が行われた。

結果、極右(ポピュリスト)政党の予想外の勝利が明らかになった。

 

今回の選挙で各党が争点としたのは、移民問題だった。

 

▽アムステルダム

アムステルダム

 

総選挙の経緯

選挙前、オランダではルッテ(元)首相の下、連立政権が成立していた。

が、4つの政党から成る連立政権は、移民を巡る問題で対立した。

 

ルッテ首相が移民の流入を規制する必要性を主張したのに対し、連立パートナーのキリスト教連合、民主66(中道リベラル)が反対したのだ。

 

11月初め、ルッテ首相は国王に内閣総辞職の意向を伝えた。

 

オランダ連立政権が崩壊、内閣総辞職へ 移民政策めぐる相違埋められず - BBCニュース

 

ヨーロッパの移民問題

ヨーロッパが移民問題を抱えていることは、読者もご存知かもしれない。

 

ヨーロッパには実に多くの国から移民がやって来る。

ニュースで私たちの目に触れやすいのは、おそらく中東、アフリカ、ウクライナからの移民(難民)だろう。

 

しかし、実状はもう少し複雑らしい。

以下は、2022年8月にヨーロッパ連合(EU)が公表した、同月の「難民」申請者の出身国の内訳の一部だ。

 

それによると、申請数の多かった順に、シリア(1万1860人)、アフガニスタン(1万675人)、インド(4170人)、トルコ(4105人)、ベネズエラ(3565人)と報告されている。

 

難民殺到に苦悩するオーストリア:EUの移民対策が失敗したひずみ | アゴラ 言論プラットフォーム

 

シリア難民

ヨーロッパの移民問題に大きな影響を与えた出来事がある。

それは、シリア内戦(2011年に発生)だ。

 

シリア難民の正確な数は分からない。

しかし、国連UNHCR協会によれば、2023年3月時点で500万人以上のシリア難民が存在していると言う。

 

シリア難民のボリュームはレバノンの事情に表れている。

シリアの近隣国レバノンには100万人以上のシリア難民が避難しているが、これは同国の人口の約4分の1に相当する。

 

2015年

ヨーロッパでも、100万人以上のシリア難民が受け入れられている。

 

実は、シリア難民を最も多く受け入れているドイツやスウェーデンを中心に、移民受け入れのムードは必ずしも悪くなかった。

 

それが、2015年頃から増大する移民の数に対する見方が変わってきた。

最近ではオーストリアやハンガリーなど、移民の規制に積極的な国の名前を目にする機会も増えたが、その境を2015年としてもよいだろう。

 

移民は欧州をどう変えたのか 大規模流入から5年 - BBCニュース

 

オランダ

オランダの事情はどうだろうか。

 

ここ数年、確かにオランダの難民申請数は急増している。

オランダ移民帰化局によれば、その数は2021年に3万6620件、22年に4万7991件、23年には7万人を超える可能性がある(その多くがシリア難民だ)。

 

ウィルダース党首

今回の総選挙で第一党となったポピュリスト政党(自由党)の党首ウィルダースは反移民なだけでなく、反イスラーム的な発言でも知られる。

 

ルッテ首相が移民の規制を訴えて連立政権を崩壊させたことは先述したが、それには管理能力上の問題もあり、直ちに「反移民」とは言えない。

 

一方、ウィルダースは以前より、反移民と同時に、モスク、コーラン、イスラーム教徒の学校の禁止などを主張してきた。

今回の選挙では反イスラームは引っ込めたが、有権者は移民問題で最も積極的な同党を選んだことになる。

 

なお、ウィルダースは首相就任に意欲を見せているが、過半数には遠く、連立政権樹立のため交渉しなければならない。

 

ウクライナへの影響

他に、ウィルダースがEU離脱(オランダの有権者の支持は得ていない)を主張していることも警戒される要因だが、EUが最も懸念するのは、今回の総選挙がウクライナへの支援に与える影響だ。

 

ウィルダースは「オランダをオランダ人に返す」と叫ぶ。当然、ウクライナのための追加支援には反対だ。

 

2023年10月のガザ危機以来、報道数を急激に減らしたウクライナ戦争だが、9月末のスロバキアの総選挙で、親ロ派の左派政党が第一党になり、衝撃を与えたことは記憶に新しい。

 

スロバキア総選挙、親ロシア派が第1党に 連立交渉へ - CNN.co.jp

 

他に、原発の受注などでロシアとの結びつきの強いハンガリーが、必ずしもウクライナ支援へ積極的ではないこともEUを悩ませている。

 

ハンガリーは最近、EUとしてのウクライナ支援に反対し、独自にウクライナへ資金援助を行うことを発表した。

 

ハンガリー、ウクライナに270億円提供へ EUの共同支援策には反対 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

 

また、ウクライナのEU加盟にも反対するようになり、その意図は必ずしも明らかではないが、独自の思惑を優先する姿勢を強めている。

ヴェネツィア オーバーツーリズムとは?

イタリアの水の都ヴェネツィアは、深刻化するオーバーツーリズムの問題に最も悩まされている都市の一つだ。

 

そのため、ヴェネツィアは日帰りの観光客に入場料を課す方針を発表している。

世界初の試みだ。

 

▽ヴェネツィア

ヴェネツィア

 

オーバーツーリズム

オーバーツーリズムとは、あまりに多くの観光客が訪れることで、住民の生活、地域の環境、観光の質を悪化させ、それが許容限度を超えてしまう問題だ。

 

混雑、騒音、ゴミのポイ捨てなどは容易に想像できる所だが、ヴェネツィアの直面している問題はそれだけにとどまらない。

 

一体、何が起こっているのだろうか。

 

人口半減

最も衝撃的なのは、ヴェネツィアの人口が過去50年間で半減していることだ。

 

住宅の民泊化、それに伴う家賃の高騰、地域住民向けの商店などの減少が原因になっている。

住宅の民泊化は、ヨーロッパの他の都市にも見られる問題だ。

 

▽Youtube, posted by BBC

 

入場料

とは言え、入場料は常に課されるわけではない。

年間の混雑する時期・日を狙ったもので、合計でも30日間ほどだ。

 

導入は試験的なもので、2024年春より実施される。

日帰り観光客は事前にオンラインで予約し、QRコードを提示して入場する。

 

価格は5ユーロで、日本円では約790円だ。

 

伊ベネチア、日帰り客に入場料約800円を請求へ 来春から - CNN.co.jp

 

アムステルダム

ヨーロッパの多くの都市が、オーバーツーリズムの問題に直面している。

ごく最近でも、オランダのアムステルダムが「観光客税」を引き上げる方針だと報道されている。

 

対象は、日帰りのクルーズ船や、一泊だけのホテル料金などに課されるものだ。

同市は以前から、特に英国の観光客を問題視してきた。

 

アムステルダムでは、飲酒、売春利用、大麻販売店を目的とした観光客が大量に押し寄せ、迷惑行為が社会問題化しているという背景がある。

 

アムステルダム、観光客税を来年値上げへ オーバーツーリズム対策 - CNN.co.jp

 

地球温暖化

ヴェネツィアが取り組まなければならない問題は、これだけではない。

地球温暖化もまた、この都市を脅かしている。

 

2100年までに多くの沿岸都市が水没の危険に晒されるだろう。

そこで、ヴェネツィアは大規模な水没対策システムの構築を進めている。

 

2003年から進められている「モーゼ計画」では、高潮時に干潟に侵入する海水を押し返すための可動式の防波堤を設置することを目指す。

 

実は、すでに稼働実績があり、大きな成果を上げたと言われている。

 

水没の危機にあるヴェネツィアを巨大な「壁」は洪水から本当に救えるのか?(1/4ページ) - 産経ニュース

 

浸水被害

最近では、2022年に高潮の影響でサンマルコ広場が冠水した。

また、2019年の浸水は暴風雨によるもので、過去50年で最悪の高潮だった。

 

ヴェネチアの大部分が浸水、過去50年で最悪の高潮 - BBCニュース

高潮でサンマルコ広場が冠水 ベネチア 写真24枚 国際ニュース:AFPBB News

 

追記

先日、来年の入場料徴収の詳細が発表された。

しかし、あくまで2023年11月時点での情報なので、以下のCNNの報道をリンクしておくに止めておく。

 

伊ベネチア、来年4月から入場料徴収 実施日と料金決まる - CNN.co.jp