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from my dear Andromeda

バレエ音楽<ジゼル> アドルフ・アダン

バレエ音楽<ジゼル>(1841年)は、アドルフ・アダン(1803~1856年)が作曲したものです。

そのお話は、幻想的な悲恋の物語で、精霊ウィリになってしまったジゼルと、恋人ロイスとの永遠の別れが語られています。

以下、アドルフ・アダンの略歴と、<ジゼル>のストーリーをご紹介致します。

 

 

(1)アドルフ・アダン

アドルフ・アダンは1803年、フランスに生まれました。

アダンは後、パリ音楽院の教授となりますが、父も同学院の教授で、その弟子でバレエ音楽<ラ・フィーユ・マルガルデ(リーズの結婚)>の原作で知られるエロールの影響を受け、アダンは劇場音楽に憧れを持ちました。

パリ音楽院の学生時代のアダンは、オペラ<白衣の夫人>や<バグダットの太守>のボイエルデューに師事し、後に有名な劇作家スクリーブと出会い、劇場界へ本格的に進出しました。

現在では、アダンの作品は代表作の<ジゼル>や<海賊>を除いて、バレエとして上演されることは稀ですが、生前は14のバレエ作品を含む、80以上の舞台作品を制作し、大成功を収めました。

いくつかの作品は全曲録音盤を探すことができ、例えば、スウェーデンの名バレリーナ・タリオーニのために制作した<ドナウの娘>(1836年)、<ゲントの美しい娘>(1842年)、<4人と悪魔>(1845年)などがあります。

最も親しまれている作品は<ジゼル>(1841年)で、もう一つの代表作<海賊>(1856年)は、バイロンの叙事詩を原作として制作されました。

なお、パリ音楽院での教え子には、バレエ音楽<コッペリア>(1870年)や<シルヴィア>(1876年)で知られ、現在では「フランス・バレエ音楽の父」と呼ばれるレオ・ドリーブがいます。

 

(2)ジゼル

収穫祭の九月の朝、金色に輝く太陽の光を浴びながら、二人の若い男女が肩を寄せ合って、柔らかな草の上に腰を下ろしていました。

艶やかな黒色の髪の乙女――ジゼルが手に持っているのは真っ赤な薔薇の花、その花びらを、ジゼルは一枚、一枚、むしっていきます。

恋人の美しく白い手に握られた薔薇の花を、なにやら落ち着かない様子で、じっと見つめているのは、恋人のロイスです。

もし、この花占いの結果が「愛していない」だったら? ロイスは祈るように、瑞々しい花びらが一枚、一枚と剝がされていく様子を見守るしかありません。

愛している――ぷつりとむしられた最後の花びらが、ひらひらと地に落ちると、ロイスは一度に緊張から解放されて、つい、夢中になって、この愛の証明を恋人に熱っぽく言って聞かせました。

いつもは、他の村の男たちとは違って、紳士的で思いやりのあるロイスが、あまりにも無邪気にはしゃぐものだから、このしとやかな乙女の顔にも、気が付けば、優しい微笑みが浮かんでいました。

ロイスの本当の名前はアルブレヒトと言います。シレジア公爵の子息の彼には、クールランド大公女バチルドという婚約者がいました。

アルブレヒトが身分を隠して農民として暮らしているのも、結婚前に、城では味わえない自由を知るためにほんの数日、と最初は思っていましたが、彼の気持ちは、ジゼルと出会って、すっかり変わってしまいました。

どこか儚げで、大切にしなければ壊れてしまいそうなジゼルに、アルブレヒト――ロイスは冷や冷やすることもありましたが、ジゼルと過ごした時間は全てが幸せで、二人はいつか、結婚の約束を交わしていました。

花占いの日の夜、恋人――朝には優しく微笑んでくれた――の遺体の前で、ロイスは悲しみの表情で、一晩中、立ち尽くしていました。

一体何があったのか、ジゼルの母親が全部話してくれました。

ロイスとジゼルは、花占いの後一度別れて、ロイスはぶどう畑へ最後の収穫に、ジゼルは収穫祭の宴の準備に、それぞれ向かいました。

その日のお昼頃だったでしょうか、角笛と猟犬の吠え声と共に、美しい貴族の一団が村を訪れました。

村の人々は彼らを盛大にもてなしましたが、その中には、深紅の薔薇色のドレスを着たバチルドの姿もありました。

優しいバチルドは、物腰の柔らかなジゼルを特に気に入りました。そして、バチルドはジゼルが近い内に結婚するのだと聞くと、その首に、豪華な金の首飾りをかけてあげました。

日が暮れると、村の男女が集って、収穫祭の宴が始まりました。収穫祭の女王に選ばれたジゼルとロイスは、実に楽しそうに踊りました。

そこへ割り込んで来たのが、若い森の番人ヒラリオンです。

実は、彼もジゼルに恋をしていて、二人の仲に嫉妬した彼は、ロイスの部屋から宝石の散りばめられた剣を持ち出して、それを二人に突きつけながら、ロイスの正体を暴き立てました。

騒動を聞きつけて、ジゼルの家で休憩していた、薔薇色のドレスのバチルドが皆の前に現れました。そこに、婚約者のアルブレヒトがいたのだから、バチルドは驚いてしまいました。ロイスは、もうどうしたって、真実を隠し切れません。

それからのジゼルは、実に哀れで、そして恐ろしい――ジゼルはヒラリオンの手から剣を奪い取ると、そのまま、まるで魂がないかのように踊り、最後には力なく、母親の腕に崩れ落ちるのでした。

ジゼルの葬式の後、ロイスは僅かな月明かりの下、恋人の十字架の前で、膝をついて泣いていました。

本当は、村の人たちには、夜に墓に行ってはいけないと止められていました。ジゼルはきっと、ウィリになっているに違いないから。

結婚前に恋人に裏切られて死んだ乙女は、ウィリと言う精霊になります。ウィリは夜の湖に集まって、訪れた男性を散々躍らせ、最後には、男性は疲れ果てるか、湖に沈んでしまうかして、死んでしまうのです。

言い伝えは、本当でした。愛しいロイス――ジゼルの優しい声に、喜んで顔を上げたロイスは、しかし、一度に肝を冷やされてしまいました。というのも、見上げた恋人の顔は青白く、唇は真っ赤で、目は黒く、虚ろだったからです。

ウィリになっても恋人への愛の変わらないジゼルは、すぐに逃げるようにと、警告してくれましたが、どうやら、間に合わなかったようです。ロイスは気が付くと、たくさんのウィリたちに手を引かれて、踊らされていました。

途中、湖に沈んでいくヒラリオンの姿が見えました。彼もまた、夜の墓を訪れて、ウィリたちに命を奪われてしまったのです。

ロイスは疲れ果て、意識も朦朧としてきましたが、ジゼルはずっと、ロイスを励まし続けてくれました。もし、夜が明けてくれさえすれば、ウィリたちは湖の霧の中に消えてしまうのです。

森の中を散々踊り回されて、もう一度、ジゼルの墓の前に戻って来た頃、ようやく夜が明け始め、藍色の空に白い光が差してきました。

すると、ウィリたちの輪郭はぼやけ、すうっと溶けるように、一人、一人と消えていきました。ロイスが見ると、ジゼルの輪郭も、もう薄くなっています。

ロイスは必至で、消えないでくれと、ジゼルに頼みました。しかし、ロイスがどんなに望んでも、それは決してできないことです。ジゼルは最後に優しく微笑むと、十字架の下に消えていきました。

ロイスは一人残されてしまいました。白い朝日を仰ぎ見ると、その中に、愛しいジゼルの思い出が、一つ、一つと浮かんできます。

ロイスは永遠の別れの悲しさに、ずっと、泣いていました。

 

(3)参考図書

アデル・ジェラス『バレエものがたり』(岩波少年文庫)

音楽の友編『音楽は踊りの原動力! バレエ音楽がわかる本』(音楽之友社)

 

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