バレエ音楽<コッペリア>(1870年初演)は、「フランス・バレエ音楽の父」とも言われるレオ・ドリーブ(1836~1891年)が作曲しました。
これは、人形師コッペリウス博士の作った、人形コッペリアに浮気心を持ったフランツを救うため、その婚約者スワニルダがコッペリアになりきって博士を騙す、という筋書きのお話です。
以下、レオ・ドリーブの略歴と、<コッペリア>のストーリーをご紹介致します。
(1)レオ・ドリーブ
レオ・ドリーブは1836年、フランスに生まれました。
パリ音楽院では、有名なバレエ音楽<ジゼル>(1841年初演)のアダンに作曲を学びました(しかし、音楽院での成績は今一つだったようです)。
ドリーブは教会のオルガニストを務める傍ら、劇場音楽への情熱を抑えられず、初めオペレッタ(喜歌劇)を作り、その内にバレエ作曲の依頼を得ました。
転機となったのは、ミンクスと共同で作曲した<泉>(1866年作曲)です。
ミンクスは後にバレエ音楽<ドン・キホーテ>(1869年初演)が大ヒットとなる作曲家ですが、<泉>のドリーブが作曲した部分は特に好評でした。
この作品の成功に勢いを得て作曲し、ドリーブの人気を決定づけたのが、1870年にオペラ座で初演された<コッペリア>でした。
これは、ドイツ・ロマン派ホフマンの『砂男』(1817年)を原作にしたものです。
原作は、主人公の青年が人形に恋をしたあげくに精神を壊し、自ら命を絶つという不気味な筋書きですが、ドリーブの<コッペリア>は、優美かつ楽しい音楽に仕上げられています。
ドリーブのもう一つの代表作は<シルヴィア>(1876年初演)です。
この作品は、狩りの女神ディアナに仕えるニンフ・シルヴィア、シルヴィアに恋をする羊飼いアミンタなど、様々な人物の登場する恋物語です。
バレエ音楽<白鳥の湖>(1877年初演)などで知られるチャイコフスキーは、ドリーブの<シルヴィア>に感嘆させられ、バレエ音楽において、大きな影響を受けたと言われています。
他に、ドリーブはオペラ<ラクメ>(1883年初演)などを作曲したことでも知られ、現在では「フランス・バレエ音楽の父」の地位を揺るがないものにしています。
(2)コッペリア
町の広場に面した黒くて背の高い家が、この町で有名な人形師コッペリウス博士の住む家です。
ずっと昔から、コッペリウス博士はよろい戸を閉め切って、きっと薄暗いに違いない家の中で、一人で暮らしていました。
それなのに、コッペリウス博士の家のバルコニーに、大変可愛らしい女の子がお行儀よく座って本を読んでいるのを見つけたものだから、スワニルダは友達たちと一緒に驚いてしまいました。
しかし、いくら話しかけても、女の子は何も答えません。スワニルダは当然むっとしましたが、そこへ婚約者のフランツがやって来たので、スワニルダは身を隠して、婚約者の様子を盗み見るのでした。
スワニルダの思った通り、フランツは女の子に気さくに声をかけました。スワニルダが怒ったのも当然です。スワニルダは出ていって、浮気者の婚約者を責めました。
広場が騒がしくなったからでしょうか、ちょうどその時、コッペリウス博士がバルコニーへ出て来て、女の子を優しく抱きかかえて、家の中へ消えていきました。
また、フランツも散々言い訳して、用事があるから、と言って去ってしまいました。
広場は再びしんとなりましたが、スワニルダは友達たちと一緒に、いつもと違うコッペリウス博士の家の観察を続けました。
しばらくすると、コッペリウス博士が家の中から出て来て、足を引きずりながら、小さな通りの方へ歩いて行きました。その時、コッペリウス博士が家の鍵を落としていったのを、スワニルダは見逃しませんでした。
スワニルダは怖がる友達たちを説き伏せて、鍵を使って、コッペリウス博士の家に忍び込みました。魔術を使うなんて噂のあるコッペリウス博士の家は暗く、友達たちはびくびくしていましたが、スワニルダは平気でした。
しかし、二階の作業部屋は特に不気味でした。
壁には人形の手や足がぶら下がっていましたし、目も鼻もない頭が棒の先に突き刺してあって、机の上のトレーには、本物そっくりの目玉が載せられています。
それに、部屋のあちこちにある中国人形、馬に乗った騎士、実物大のサル、スペインの踊子……しかし、家のどこを探しても、あの女の子の姿はありませんでした。
それもそのはず、その子は衣装ダンスの中で椅子に座って、大事に、大事にしまわれていたのですから。
女の子が人形だと分かって、スワニルダは笑ってしまいました。
しかし、そこへ突然、コッペリウス博士が戻ってきたので、友達たちは大慌て、きゃーきゃー言いながら、階段を下って、一目散に逃げていきました。
ただ一人逃げ遅れたスワニルダは、そのまま衣装ダンスの中に隠れました。それだけではなく、ちょっとしたイタズラ心から、スワニルダは人形の服を着て、代わりに椅子の上に座って、人形のふりをしました。
偏屈で人間嫌いだと思っていたコッペリウス博士は、人形たちに深い愛情を持っていることを、スワニルダは知りました。特に、スワニルダは「コッペリア」と呼ばれ、大変可愛がられました。
そこへ、二階の窓がコツコツと音を立てました。女の子と話しをするため、フランツが梯子を使って、家に忍び込もうとやって来たのです。
この侵入者に対して、コッペリウス博士は寛大にもワインを振る舞いました。スワニルダは面白くありませんでしたが、怒ってばかりもいられませんでした。ワインには眠り薬が入っていて、フランツが眠ってしまったからです。
コッペリウスはスワニルダに優しく話しかけると、呪文を唱え始めました。フランツの魂をコッペリアに移してしまおうというのです。
スワニルダはすぐに、人形のふりをして動いて、コッペリウス博士を騙さなければと思いました。
そこで、スワニルダは最初は木の人形のようにぎこちなく、次第に人間みたいに自由に部屋の中を歩き回って見せました。コッペリウス博士は非常に喜んで、生命を得た愛しいコッペリアに、踊ってくれるようにと頼みました。
何時間も経ったでしょうか、ついにフランツが目を覚ましました。そこで、スワニルダは全てを白状しました。すると、コッペリウス博士は衣装ダンスの奥から本物のコッペリアを探し出して、力のない人形を抱きしめて泣きました。
その次の日、スワニルダとフランツは正式に婚約して、町の人々はお祭りのように喜びました。コッペリウス博士には、お詫びとして、家の修理代が町から払われることになりました。
きらきらと射す太陽の光に目を細めながら、スワニルダが思い出したのは、あの悲しそうなコッペリウス博士の姿でした。
教会の鐘が、美しい澄んだ音を響かせ、喜びと祈りが町を包みます。暖かな日差しの祝福の下で、若いスワニルダとフランツは肩を並べて祈りを捧げました。
人々の優しい祈りが、全ての人を幸せにしますように。
(3)参考図書
アデル・ジェラス『バレエものがたり』(岩波少年文庫)
音楽の友編『音楽は踊りの原動力! バレエ音楽がわかる本』(音楽之友社)