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from my dear Andromeda

ガザ危機と「ビンラディン書簡」

2023年10月7日以降、ガザ地区でのイスラエル軍の軍事行動が連日報道され、人道的な観点から批判を集めている。

 

11月18日現在、イスラエルでの死者は1000人以上、パレスチナ人の死者は1万人以上だと言われている。

 

ビンラディン書簡

そのような中、奇妙なニュースがCNNで取り上げられた。

 

報道によれば、ここ数日、オサマ・ビンラディンの書簡なるものを紹介し、イスラエルを支援するアメリカ政府を批判する内容の動画が、TikTok上で多数再生されていると言うのだ。

 

同トピックの動画の再生回数は、1400万回を超えている。

 

ビンラディン容疑者に共感する米国の若者、ティックトックに相次ぎ動画投稿 - CNN.co.jp

 

9.11テロ事件

オサマ・ビンラディンは、2001年にアメリカで起きた9.11テロ事件の首謀者とされる人物だ。

 

この事件では、4機の旅客機がハイジャックされ、2機がニューヨークの世界貿易センタービルに、1機が国防総省(ペンタゴン)に激突し、残る1機がペンシルヴェニア州のシャンクスヴィルの野原に墜落した。

 

アメリカ史上最悪とも言える事件で、3000人近くの人が亡くなった。

 

当時のブッシュ大統領は、テロ組織アルカイダの排除とビンラディンの捕捉を目的として、即座にアフガニスタンへ侵攻した。

 

これは、アフガニスタンの武装組織タリバンが、アルカイダとビンラディンを匿っているとの主張に基づいていたが、実際にビンラディンの居場所を突き止め、殺害したのは、2011年のパキスタンでのことだった。

 

その後、ブッシュ大統領はイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、大量破壊兵器を所持しているとの理由で、2003年、イラクに侵攻した。

 

「9/11」から20年 あの日、何があったのか - BBCニュース

 

書簡の内容

ビンラディン書簡は次のように主張する。

 

ユダヤ人がパレスチナに対する歴史的権利を有するというでっち上げのうそを、あなた方がまだ飽きることなく繰り返しているのを見て、我々は笑いと涙が止まらない。

 

この書簡は、9.11テロ事件を正当化する目的で、2002年に公表された。同事件におけるアルカイダの主張は、イスラーム圏での様々な混乱の責任は、アメリカとその同盟国にあるというものだった。

 

今回のTikTokでの現象に関して、ホワイトハウスのベイツ報道官は、以下のように発言している。

 

オサマ・ビンラディンの卑劣な言葉と関連付けることによって、米国人2977人の死を今もいたんでいる遺族を侮辱することがあってはならない。

 

感情的タブー

今、9.11テロ事件を振り返った後の私には、ベイツ報道官の発言は、全く常識的なものに見える。

 

しかし、最初にこの発言を見た時の私はそうではなかった。

 

正直に言えば、私は初め、ガザでのイスラエル軍への支持を、アメリカがユダヤ人問題と結びつけて肯定していることに対するような、何か直観的に共感できないという印象を抱いた。

 

私は、9.11テロ事件ではアメリカへの同情の気持ちを持っているし、ガザでの事態に関しては、イスラエル人とパレスチナ人の平等を前提にした上で、いち早く収束することを祈っている。

 

しかし、ガザでの事態に対して、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツが、ユダヤ人問題への感情的タブーから安易に発言し、行動したことについて、私は同じ船には乗れないと思った。

 

アメリカの若年層

ところで、アメリカにおいて、TikTok上で親パレスチナ的な動画を再生しているユーザーのほとんどが若年層であるらしい。

 

一方、親イスラエルの動画を再生しているユーザーの多くは35歳以上だと言う。

 

すると、1990年代の後半以降に生まれた若年層こそが、ガザでの事態に対して、親パレスチナに傾いている主な年代であることになる。

 

これは、感情的な偏向に対する、若者の直観的な反発かもしれない。直観とは、時に極めて理性的なものだ。

 

親パレスチナに傾く米若者、同情派6割がZ世代 バイデン政権の急所に - 日本経済新聞

 

過去は忘れられていく

ベイツ報道官は9.11テロ事件の記憶が正しく継承されていないことを憂いているかもしれないが、どうやら、過去は忘れられていくものらしい。

 

しかし、ここでいう「過去」とは、同時代的、無反省的な感情のことだ。

 

それは必ずしも誤りではないが、無節度と不公平に陥り勝ちで、危険なものでもあるということは、言うまでもない。

 

とはいえ、ビンラディン書簡への共感に関して言えば、それが健全な批判精神の表れであるかどうかは疑わしいのだが、この判断の基準は、決して感情的タブーに基づくものではない。

 

これは、常識的な共感の問題なのだ。

 

批判精神の問題

テレビやSNSのニュースを見ていると、タレントなどが剥き出しの批判精神や合理主義を発揮して、言論をリードしている場合がしばしばある。

 

しかし、批判精神はある種の毒だ。取り扱いには十分注意しなければ、私たちの健全な精神を荒廃させかねない。

 

というのも、批判精神だけでは、私たちは「何が嫌いか」に基づいて価値基準を定めることには成功するが、「何が好きか」、「何が好ましいか」に関する感性は、思うように育たないからだ。

 

健全な、あるいは常識的な共感は、「何が好きか」、「何が好ましいか」に関する感性の延長にあるのかもしれない、と私は思う。

 

そのような常識的な感覚を抜きにして、過去の再継承だとか、先入観からの自由だとかを期待することはできない。

 

ワイズ師の発言

最後に、公平性のための一助として、次の事実を付言しておきたい。

 

それは、全てのユダヤ系の人々が、イスラエルの軍事行動を支持しているわけではないということだ。

 

例えば、ユダヤ系の平和団体「ジューイッシュ・ボイス・フォー・ピース」のワイズ師はこう言っている。

 

ユダヤ人の安全のためにパレスチナ人を犠牲にすべきという組織からは身を引く。どちらか一方ではない。全員がそうなるか、誰もそうならないかのいずれかだ。

 

ワイズ師の発言は厳しい。しかし、国際的な平和に対する責任の問題は、時に有無を言わさぬ真理に私たちを導くもののようだ。

 

ユダヤ人団体が全米で抗議デモ、即時停戦とパレスチナ人の公正訴え(1/2) - CNN.co.jp