History & Space for a Break

from my dear Andromeda

月無人探査機SLIM、2度目の越夜

宇宙人のliynだよ。

 

去年はインドのチャンドラヤーン3号が月南極への着陸を成功させて、僕たちを驚かせてくれたよね。

 

月南極への着陸は世界初の快挙だった。

 

インドが月南極へ初着陸 水資源の可能性 - History for a Break

 

そして、今年1月20日、日本も世界初の快挙を成し遂げ得ているんだ。

 

ピンポイント着陸

去年の夏に打ち上げられた無人探査機SLIMが月への着陸を成功させた。

 

注目すべきは、それが世界で初めての「ピンポイント着陸」だったことだ。

 

目標の着陸地点と実際の着陸地点が10㎞ほど外れるのが、これまでの地球人の技術レベルだと普通だったよ。

 

でも、今回の着陸では、誤差100m以内が目指され、成功したんだ。

 

SLIM月面着陸に成功 - 日経サイエンス

 

日本の技術レベルの高さを見せてくれたよね。

 

神酒の海

SLIMは月の表側の神酒(みき)の海に着陸したよ。

 

月では液体の水は発見されていないから、海と言っても水の海じゃない。

 

これは、大昔にクレーターが溶岩で埋められたものだ。

 

溶岩は玄武岩で、黒く見える。

 

ちなみに、月に表側と裏側とがあるのは、月の公転と自転の速度がほぼ同じで、地球から見るといつも同じ面が見えるからだ。

 

さんいんきらめく星 神酒の海 スリム降り立った場所 | 山陰中央新報デジタル

 

休眠

ただ、SLIMは着陸時のトラブルで、想定しない向きで着陸したため、一度太陽電池での充電を待つために休眠状態に入ったんだ。

 

その後、月が夜になったため、SLIMは再び長期の休眠状態となっていた。

 

月の昼と夜は、それぞれ地球の半月ぐらいの長さだ。

 

その間、昼は110℃、夜はマイナス170℃と、地球人には想像し難い気温差が月では見られることになるんだよ。

 

SLIMは元々月での長期ミッションを計画していなかったけど、3月末時点で2回も越夜に成功することができているね。

 

これは貴重な先例になるかもしれない。

 

画像

SLIMからは月の表面の画像が送られて来ている。

 

画像には岩石が映っているけど、これはもしかすると、40億年以上前の、すごく古いものかもしれない。

 

太陽系が誕生したのは約46億年前なんだけど、プレート運動が原因で、地球上には40億年より前の岩石はほとんど残っていないんだ。

 

小さな岩石一つにも、実は計り知れない価値があるんだよ。

 

 

今回はここまでにしよう。

 

History for a Break

このブログでは、アンドロメダからやって来た宇宙人のliynが、歴史、文学、世界、宇宙などをテーマに調査を行っているよ。

 

簡単な記事を投稿をしていくから、たくさん読んでほしいな。

地球温暖化により脳卒中のリスクが増加?

宇宙人のliynだよ。

 

地球人にとっては心配な報道が届いているね。

 

CNNによれば、地球温暖化が原因で脳卒中で亡くなる人が増えているらしい。2019年には50万人を超えたんだって。

 

これは主に、寒さが原因のものだ。

 

異常気象に起因する脳卒中、年間の死者50万人超 専門家推計 - CNN.co.jp

 

地球温暖化による寒さ

脳卒中は寒い時期、つまり冬に起こりやすいと言われているね。

 

ところで、なんで温暖化で「寒さ」なんだろう?

 

その理由はいくつかあるんだけど、一つには、極地方で氷が溶け始めていることが原因になってるんだ。

 

簡単に説明すると、氷が溶けると極地方の気圧変動の関係で、日本などの国に寒波が送られてくるんだ。

 

だから、時々異常に寒い日があったりするんだよね。

 

「地球温暖化のせいで寒冷化…」 なぜそんなことが起こるのか - 日本経済新聞

 

記録更新

2023年、地球の平均気温は過去最高を記録した。

 

その前の記録は2016年だったんだ。

 

今回の記録では、産業革命前と比較して、1.48℃の上昇が見られたよ。

 

地球人は2015年のパリ協定で、気候変動を1.5℃以内に抑え込む目標を掲げているはずなんだけど、今回の記録はかなり絶望的に見えるね。

 

1970年代から徐々に上昇し、2015年に1℃を記録した気温は、その後8年間で0.5℃も上昇してしまったことになるんだ。

 

これは、見逃せない兆候だと言わざるを得ないね。

 

地球温暖化の限界迫る 2023年の世界気温、史上最高を更新 - CNN.co.jp

 

居住困難へ

地球温暖化が原因で、21世紀末には多くの沿岸都市が海に沈み、小さな島国が壊滅的被害を受けるだろうことは、よく知られているね。

 

影響はそれだけにとどまらない。

 

地球上の多くの場所、例えば、インド、東南アジア、南米などが居住困難な熱さに苦しめられると言われているよ。

 

地球の気温は2100年までに3℃上昇するとも考えられているけど、陸地の気温は7℃以上上昇するかもしれないんだ。

 

すると、サハラ砂漠並みの平均気温29℃以上の地域が、今後大幅に増加すると予測されているんだ。

 

35億人を襲う熱波、2070年までに居住不可能に 国際研究(1/2) - CNN.co.jp

 

加速

地球人も石炭の使用から脱却したり、電気自動車の販売が勢いづいたり、色々と努力はしていると思う。

 

でも、ここ10年足らずで、地球温暖化とその影響が加速していることは、残念ながら事実であるようだね。

 

これは、技術以上に経済・社会の意識が変わることが必要じゃないかな。

 

今回はここまでにしよう。

 

History for a Break

このブログでは、アンドロメダからやって来た宇宙人のliynが、歴史、文学、世界、宇宙などをテーマに調査を行っているよ。

 

簡単な記事を投稿をしていくから、たくさん読んでほしいな。

ヴィクトリア女王の時代Ⅴ 都市と貧困

宇宙人のliynだよ。

 

僕が今調査しているヴィクトリア女王の時代は、産業革命の時期に重なってる。

 

イギリスでは1825年にストックトン-ダーリントン間で鉄道が開通したし、1842年には女王が初めて機関車に乗車している。

 

 

また、19世紀初めに22%だった都市人口は、世紀終わりには77%まで増加したと言われているよ。

 

イギリス経済は1840年頃から失速し始め、工業力ではアメリカやドイツに抜かれていくことになるんだけど、ロンドンは金融の中心であり続けた。

 

ロンドンは1858年に人口232万人を誇った。

 

そんな一見華やかな時代の、もう一つの側面が貧困なんだ。今回は、この時代の貧困や都市の劣悪な環境について調査をまとめるね。

 

自己責任

この時代、貧困は一般的に自己責任だと考えられた。

 

つまり、怠惰や酒、ギャンブルなどが貧困の原因だとされたんだ。

 

債務を支払えない人間は容赦なく監獄へ送られた。

 

他にも貧民のための保護施設があったけど、長期滞在を防ぐために、その環境はわざと過ごしにくくされていたんだ。

 

あの有名な作家のチャールズ・ディケンズも、子どもの時に父親が借金を返済できなかったことで、酷い目にあったんだってね。

 

ロンドン

金融の中心地であり女王の君臨するロンドンは、実は不潔な都市だった。

 

泥や馬などの動物の糞が溢れ、町は霧と煙に覆われていたんだ。

 

家屋のトイレの汚物貯めが不潔だし、汚物がテムズ川に流されていた。それで、1858年には「大悪臭」騒動が起きているよ。

 

川の水は飲み水にされていた。だから、コレラやチフスが蔓延したのは当然のことのように思えるよね。

 

児童労働

この時代のイギリスでは、子どもが働くのは当たり前だった。

 

子どもたちは煙突掃除、炭鉱、工場、造船所、農場などで働いたよ。

 

彼らは当然、教育と健康を失うことになった。

 

男の子も女の子も5歳から働いたよ。後に制限法ができたんだけど、それは年齢と就労時間を規制するだけのものだった。

 

ほとんどの子どもが12歳まで教育を受けるようになるのは、ヴィクトリア女王の治世が終わる頃、20世紀前後のことだったんだ。

 

伝染病

先の説明の通り、ロンドンはコレラやチフスなどの伝染病に苦しんだ。

 

1850年前後には、1万人以上がコレラで亡くなった年もあるくらいなんだ。

 

イギリス政府は伝染病に対して無策だった。

 

一方で、フランスのパスツールは1850年代に病気の原因を微生物と特定した。彼は低温殺菌法とワクチンを発明したよ。

 

また、ドイツのコッホはコレラ菌と結核菌を発見し、コレラのワクチン開発に取り組んだんだ。1890年代のことだね。

 

チフス、破傷風、ペストの治療法が発見されたのは、その後のことだ。

 

汚物貯め

ロンドンでは各家の地下に汚物貯めがあった。

 

深夜に業者が汚物を回収に来たんだけど、悪臭は防げなかった。

 

また、19世紀半ばに水洗トイレが普及すると、汚物貯めから水が溢れ出す不潔な事態となったらしい。

 

これは、コレラやチフス蔓延の原因となったよ。

 

今回はここまでにしよう。

 

History for a Break

このブログでは、アンドロメダからやって来た宇宙人のliynが、歴史、文学、世界、宇宙などをテーマに調査を行っているよ。

 

簡単な記事を投稿をしていくから、たくさん読んでほしいな。

 

Series

Ⅰ. ヴィクトリア女王の時代Ⅰ 即位

Ⅱ. ヴィクトリア女王の時代Ⅱ テクノロジー

Ⅲ. ヴィクトリア女王の時代Ⅲ 戦争

Ⅳ. ヴィクトリア女王の時代Ⅳ 女王の結婚

Ⅴ. This article.

Ⅵ. ヴィクトリア女王の1850年代

 

Reference

ジョン・D・ライト『図説 ヴィクトリア朝時代』(原書房)

ヴィクトリア女王の時代Ⅳ 女王の結婚

宇宙人のliynだよ。

 

僕の最近の調査対象はヴィクトリア女王だ。

 

ヴィクトリア女王の治世を知ることは、僕が興味のある19世紀の歴史を理解することに繋がってくるからね。

 

彼女は1837年に即位して、翌年に戴冠式を終えた。

 

今回のテーマは彼女の結婚だけど、結婚当時の1840年、女王はまだ20歳に過ぎなかったんだ。

 

結婚を境に、彼女は未熟な君主から、母であり、誠実な君主でもある一人の女性へと成長を遂げていくよ。

 

20歳の女王

最初、ヴィクトリア女王は君主として、結婚の意志はないと当時のメルバーン首相に語っていた。

 

一方で、叔父でベルギー君主のレオポルドは、自分の出身であるザクセン=コーブルク公国の王子と女王の結婚を画策していたんだ。

 

やがて、女王はザクセン=コーブルクの王子と会うと決まった。

 

しかし、メルバーン首相はイギリスの君主とドイツの若者との結婚に、不安を感じていたようだ。

 

1839年、女王が20歳の年だ。

 

低迷①

この頃、2つの事件が女王の人気を低迷させていた。

 

一つ目は、へースティングス事件だね。

 

この年、女官のへースティングスが肝臓がんで亡くなった。ホイッグ党を推す女王はトーリー系の女官を信用していなかったよ。

 

女王がした噂話が、女王自身への不信感に繋がったようだ。

 

彼女はがんで未婚の女官のお腹が膨らむのを見て、妊娠していると信じて疑わなかったんだ。

 

低迷②

もう一つが寝室女官事件だ。

 

当時女王が最も信用していた人物で首相のメルバーンが、選挙で敗北して、辞任することになった。女王は狼狽したようだね。

 

当時、内閣が変われば、王室の人事も変わるのが常だったんだ。今回の場合、ホイッグ系からトーリー系へ人事が変わるべきという風にね。

 

女王はこれを拒否した。

 

新しい首相ピールは辞任に追い込まれ、メルバーンが首相に復帰したよ。

 

しかし、女王の頑固な態度に、議会や労働者などの国民は不信感を抱いたんだ。

 

女王はまだまだ、君主として未熟だったんだね。

 

アルバート王子

ザクセン=コーブルクの王子の名はアルバートと言うよ。

 

彼は知的でハンサムで、高度な教育を受けた人物だったようだ。おとぎ話のような環境の故郷で育った彼は、自然を愛していたよ。

 

女王が結婚問題を先延ばしにしている間、彼はボン大学で学んだんだ。

 

彼は芸術、法律、政治、経済を学び、哲学や文学を好んだよ。女王が軽い読書で満足する人物だったことと対照的だね。

 

結婚の申し込み

1839年の秋、女王とアルバートはウィンザー城で会った。

 

女王は彼を一目見るや、結婚する気になったんだ。

 

彼女はアルバートを部屋に呼んで、結婚を申し込んだ。彼は英語も話せたけど、ドイツ語で結婚に同意したようだよ。

 

君主として

二人はお互いに夢中だった。

 

だけど、女王には君主として冷静な部分もあったんだ。

 

一度帰国したアルバートからの手紙に、彼女はこう答えている。未来の夫は女王とのハネムーンを夢想していたんだけどね。

 

わたくしの最愛の人であるあなたは、お忘れなのですね。わたくしが君主であることを。仕事をむやみに止めたり、待たせたりはできないのです。議会も控えているし、ほぼ毎日、色々起こります。その対応のために、わたくしが必要になるかもしれません。(...)

 

結婚

翌1840年、ヴィクトリア女王とアルバート王子は結婚した。

 

しかし、イギリス人となったアルバートの地位は正当なものではなかったんだ。

 

女王が彼に女王に次ぐ王配殿下の称号を授けるには、1857年まで待たなければならなかったよ。

 

当日の朝は雨模様だったんだけど、結婚式では、女王は優しく清楚なクリーム色のシルクのウェディングドレスを着たよ。

 

会場は、セントジェームズ宮殿の王室礼拝堂だった。

 

女王は叔父のレオポルドへの手紙に、次のように書いた。

 

本当に、世界中でわたくしよりも、または同じくらい幸せな人がいるとは考えられません。彼は天使のような人で、その優しさと愛情には心を動かされます。(...)

 

出産

レオポルド叔父の妻で、ジョージ4世(在位1820~30年)の娘であるシャーロットが出産で亡くなったこともあり、女王は妊娠を恐れた。

 

だけど、彼女は結婚の6週間後に妊娠するんだ。

 

1840年11月、第一王女ヴィクトリアが誕生する。両親はこのよく出来た娘を溺愛したようだ。

 

彼女はプロイセンの皇太子と結婚することになる。その子は、後にヴィルヘルム2世として即位し、第一次世界大戦に突入していくよ。

 

下は、女王夫妻と長女ヴィクトリアを描いたものだ。

 

Windsor Castle in Modern Times. 1841-1845

 

今回はここまでにしよう。

 

History for a Break

このブログでは、アンドロメダからやって来た宇宙人のliynが、歴史、文学、世界、宇宙などをテーマに調査を行っているよ。

 

簡単な記事を投稿をしていくから、たくさん読んでほしいな。

 

Series

Ⅰ. ヴィクトリア女王の時代Ⅰ 即位

Ⅱ. ヴィクトリア女王の時代Ⅱ テクノロジー

Ⅲ. ヴィクトリア女王の時代Ⅲ 戦争

Ⅳ. This article.

Ⅴ. ヴィクトリア女王の時代Ⅴ 都市と貧困

Ⅵ. ヴィクトリア女王の1850年代

 

Reference

デボラ・ジャッフェ『図説 ヴィクトリア女王』(原書房)

ヴィクトリア女王の時代Ⅲ 戦争

宇宙人のliynだよ。

 

アンドロメダで歴史専攻だった僕は、地球のテクノロジーが急速に発展し始めた19世紀の歴史に特に興味があるんだ。

 

僕は最近ヴィクトリア女王の時代を調査している。彼女の治世(1837~1901年)はほぼ19世紀を覆っているからね。

 

この時代は、イギリス帝国の成立と戦争の歴史だね。

 

例えば、アフガン戦争、アヘン戦争、クリミア戦争、アロー戦争、インド大反乱、ボーア戦争など、帝国が戦った戦争は少なくないよ。

 

女王の即位の時、イギリス海軍はまだ蒸気の軍艦を持っていなかった。軍艦はやがて導入されて帝国が制海権を握っていく。

 

いわゆるロイヤル・ネイビーの規模は、なんと兵数で第二位、第三位の国を合わせた数と同じくらいだったんだよ。

 

アフガン戦争

インドの周辺でイギリスとロシアの勢力がにらみ合う不安定な地域がアフガニスタンだった。

 

1839年、インド総督オークランド卿の指示で、軍がカブールに侵攻、現地に傀儡政権を樹立した。第一次アフガン戦争だ。

 

第二次のアフガン戦争は1878年だった。インド総督リットン卿は再びカブールへの侵攻を命じ、前王の息子が王位についた。

 

ただ、その後もアフガニスタンの情勢は決して安定はしなかったようだ。

 

アヘン戦争

中国はイギリスから大量のアヘンを売りつけられ、イギリスは中国のお茶を輸入して利益を得ていた。

 

イギリスは中国の輸入関税などに不満で、自由貿易を常に主張してきたよ。

 

1839年、広州の当局は2万箱のアヘンを押収、焼却した。ここに、イギリスからの報復の形で、アヘン戦争が始まった。

 

1841年、南京条約が締結された。

 

中国は香港の割譲と上海などの開港、賠償金支払いを強いられた。後には、イギリスへの最恵国待遇が追加されているよ。

 

香港の割譲を、ヴィクトリア女王は喜んだらしいね。

 

クリミア戦争

1853年、ロシアがモルダヴィア(現ルーマニア)に侵攻した。

 

ロシアの領土拡張を防ぐため、12万5000の英仏軍がトルコ軍と共に戦った。

 

クリミア戦争への勝利にはセヴァストポリの陥落が必要だったけど、それは困難を極めた。要塞は1855年に陥落した。

 

戦地を38人の看護師を伴って訪れたのがナイチンゲールだね。

 

ナイチンゲールは野戦病院の衛生環境を整えて、睡眠もろくに取らずに患者を介抱し続けたよ。彼女は「ランプをもった貴婦人」と呼ばれたんだ。

 

彼女は終戦後、女王と夫アルバートに拝謁する名誉に預かったようだよ。

 

インド大反乱

インド大反乱は1857年に勃発したよ。

 

その中心勢力は、東インド会社軍のインド人傭兵だった。反乱は別名、セポイの反乱としても知られているね。

 

問題はライフルの薬莢にあった。

 

これに、牛と豚の油が使われているらしかったんだ。もしそうなら、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒への酷い侮辱になる。

 

平定は翌1858年。

 

イギリスは東インド会社に変わって、直接支配に乗り出したんだ。

 

今回はここまでにしよう。

 

History for a Break

このブログでは、アンドロメダからやって来た宇宙人のliynが、歴史、文学、世界、宇宙などをテーマに調査を行っているよ。

 

簡単な記事を投稿をしていくから、たくさん読んでほしいな。

 

Series

Ⅰ. ヴィクトリア女王の時代Ⅰ 即位

Ⅱ. ヴィクトリア女王の時代Ⅱ テクノロジー

Ⅲ. This article.

Ⅳ. ヴィクトリア女王の時代Ⅳ 女王の結婚

Ⅴ. ヴィクトリア女王の時代Ⅴ 都市と貧困

Ⅵ. ヴィクトリア女王の1850年代

 

Reference

ジョン・D・ライト『図説 ヴィクトリア朝時代』(原書房)